【宮崎あおい映画の隠れた名作】ただ、君を愛してる

「ただ、君を愛してる」は実は、原作小説を先に読んだのですよ。

原作小説では、かなりハードなディープキスが描写されていて、これ映画ではムリやろー、と思ってたら、けっこう濃厚なキスで驚いた。

大興奮!!(こればっか)

 ◇ ◇ ◇ ◇ ◇

しかし。この映画の最大の山場は、キスシーンではない。写真展のシーンだ。
このシーン、よく見ると、実にエロティックなシーンなのである。

キスのあと、不意に姿を消した少女から、写真展を開いたから見に来て、と主人公の男性のもとに手紙が届く。

写真展の一角に、少女がその男性を撮った、数々の写真が展示してある。

…この写真が、どれも実によく撮れているんだ、原作者曰く「全然自分のイメージとはちがったけど、素晴らしい写真で感動した」とのことで、…まあ、もちろん実際はプロのカメラマンが撮った物だけれども

「わかった?私はいつも、こんな風に、あなたのことを、見つめていたのよ」

という、強いメッセージを放っている。そして、主人公はそれを見て、感動する。

まず、ここがエロだ。

写真展なんだから、公衆の面前ですよね?その写真は、不特定多数の人に見せるものですよね?しかし、この写真は、恋する人へのプライベートなメッセージだ。少女はそれを堂々と公衆の面前に公開し、主人公は、なんのてらいもなく感動する。これって、よく考えるとかなりエロティックな行為ではないか?

そして、…会場の奥には、美しく成長した、もう少女とはいえない、大人の女性を感じさせる彼女の写真が、大きく展示してある。

「見て。私は、こんなに綺麗になったのよ。今なら、あなたを、夢中にさせる自信があるわ。私のことを、もっと愛して。強く、強く愛して」
と、写真の中の彼女が、全身で熱っぽく訴えかけてくる。

そして、その写真を見た主人公は、もはや公衆の面前であることも忘れ、涙を流しつづける。

男性の涙を「エロティックだ」と思ったのは、はじめてかもしれない。

二人は、セックスをしている。写真というツールを通じて、時空を越えたセックスをしているのだ。なにも、体と体を重ね合わせることだけが、セックスではない。お互いの、お互いに対する感情を重ね合わせ、心を高ぶらせることこそがセックスの本質なのだ。

心を高ぶらせた結果「涙」という肉体的変化がおきる。その姿が、実にエロティックなのだ。
 

これは、二人の結婚式であるかもしれない。
自分の結婚式の経験から感じたことだが、結婚式とは、
「私たちの、このエロティックな関係を社会的に認めてください!!」
と世界の中心で大声で叫ぶことだ。そういう意味では、これは「写真展」でなければならなかった。個人的に、こんな写真を撮ったから見てください、では意味をなさない。あくまでも公衆の面前で二人の「恋愛写真」を、公開しなければならなかったのだ。

 ◇ ◇ ◇ ◇ ◇

これに限らず、この作品には、うっかりしてると見落としそうなさまざまな寓意が込められていて、意外と深い作品だ。表面のプロットだけぱっとみて
「退屈なプロットだなあ」
とか言ってる似非映画評論家は、読解力のなさを猛省していただきたい。

 
P.S.
それにしても、少女というより子供、という風情の女性が、美しい大人の女性へと成長する。その様をきちんと演じきる宮崎あおいの演技力は、さすがにただものではございません。
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