時間なし男ちゃん。

今年はじっくり一年を振り返る余裕すらない。
なので「印象」だけで今年の話題を振り返ろう。

☆ニュース
「ヒル国務次官補」って、みょ~に語呂がいいなー、と思い続けた一年でした。

☆スポーツ
浅田真央って、角度によっては小力に見えるんだよなー、と思い続けた一年でした。(特に、リンダリンダ~って曲がかかるCMで顕著にみられる傾向)

☆芸能
…あれ?今年の芸能ニュース関連を全然思い出せない。とりあえず、たらこがたっぷりでDJ OZMAがなんか白い布をやたら振り回してるところしか印象のない今年の芸能界でした。
 
今年はもうこんなとこでいっぱいいっぱい。ぢゃ!!(←庵野監督風)

ナンセンスうそニュース。

■「与作」放送禁止に

大日本帝国放送規制協会(正式名称:ヨイトマケの歌で土方のみなさん元気になりましょう協会)は17日、北島三郎の「与作」を放送禁止曲に指定することを、メルキオール、バルタザール、カスパー3者一致にて決定した。

協会側の発表によると今回の決定の理由について、曲中の

女房ははたを織る
トントントン(ツーツーツー) トントントン


という部分が「モールス信号の”SOS”と混同され、遭難事故発生と誤認識される恐れがあるため」としている。

遭難信号との混同の恐れを理由に放送禁止曲指定が行われるのは、ピンクレディの「SOS」シングル版の冒頭、効果音として挿入されるSOS信号部分に続き、幕内では史上二人目。

■当記事:ナンセンスうそニュース。→の全文を読む

ベテランの味。

死にたい
自殺したい

なんてこの日記に書いたところで、多くの人が本気にしないのである。

「何のネタだろう?!」
と考えて、考えたあげくスルーされたりするわけである。

自分の心の底から湧きあがる、絶望的なSOS。それをただそのまま書きなぐっても、相手にされないのだ。

余談だけども、あのバトンってやつは、いかんね。へんてこなシークレットバトンが蔓延したせいで
「死にたい」
とかいって、どれだけ今、生きるのをしんどく感じているか…とかいうのをせつせつと長文で綴ったところで、読むほうは
「これ、なんのバトンだろう…」
とか、考えてしまうのだ。実によくない傾向だ。

バトンはゆるせん!!(←ファーザー調で)。

というわけで、ストレートに気持ちを綴るだけでは人には届かなくて、多少カーブやスライダーもまぜていかなきゃならんのですが。

かといって私みたいに、それじゃあ、ってんで、
「バトンはゆるせん!!(←ファーザー調で)」
とかって、ナックルボールを投げちゃうと、
「なーんだ、冗談いっている。平気なんじゃん。心配して損した」
とかいわれ余計に誤解が広がっちゃうんである。

冗談じゃない。
いや、冗談なんだけど(どっちなんだ)。

2時間ほど前までは、冗談いえる状態じゃなかった。本気で死にたかったんだよ。こんな日常があと何十年も続くなら、今すぐ死にたいと。

そんな自分の文章を次の日読みつつ、そのときの自分の精神状態を冷静に振り返る。あー、これやばいじゃん。

昔、過労死寸前のひどい状態になったときの前兆症状に極めて近い。これ、ちょっとでもバランス狂ったら、一気に崩れるぞ。

幸い、今の仕事の状況はそんなに詰まっていないので、ストレスに追い詰められて一気に…っていう、前回みたいな状態になる危険は、少ないとは思うんだけど。でも、安心は出来ない。

こう見えても、精神不安については、意外とベテランなんですよ。

今後もベテランの味を生かしてがんばります。あれ?もともとなんの話だったっけ???
 

【書評】山口百恵「蒼い時」

山口百恵が書いた「蒼い時」という本は、発行当時、世間に衝撃を与えました。

まずは、いわゆるタレント本、暴露本のたぐいとして衝撃を与えました。というより、いわゆるタレント本、暴露本という域を越えていた。

アイドルが自ら、自分の本音を書き殴るという行為自体が衝撃的だった時代。しかもすごいのが、この本、最初に刊行されたバージョンではなんと、手書きの原稿用紙をそのまま印刷してたんですね。

つまり「ゴーストライターではなく、一字一句本人が書いてますよ」というメッセージ。当然、そのまま印刷すること前提だから、異常なまでにきれいに清書してある。その執念。
 
さらに、内容が衝撃的。今手元に本がないのでうろ覚えですが、たとえば彼女の曲の初期の傑作に「ひと夏の経験」という曲があって、その中に「あなたに女の子の一番大切なものをあげるわ」という歌詞があって。

こんなもん、今じゃあたりまえの平凡な表現ですが、当時は、これは相当に過激な表現だった。15歳のアイドル歌手が、歌うような言葉ではなかった。そして…。

「インタビュアーは、みな一様に薄笑いを浮かべて、”女の子の一番大切なものって、なんだと思いますか?”と聞くのだ。どう答えれば、彼らは満足すると言うのか。セックス、とでも、答えれば満足なのか」。

…こんなこと書かれたら、当時インタビューした人たちはみんな、ショボーンですよね(大爆笑)。

で、この文章はこう続く。

「セックス、とでも、答えれば満足なのか。私は”まごころです”という回答で押し通した。それは、私の本音でもあった。この曲を歌ううちに、自然と私の中に、その思いは育っていた。女が、男に身をまかせるということは、簡単なことではない。まごころをささげなければ、出来ることではない」。

見事、というしかない。若干15歳の少女が、そこまで真剣にものごとを考え、突き詰めて歌っていたわけです。受け手も、うひゃー、過激な歌だなァー、なんていってその歌を消費しながらも、その裏にある真摯な思いを、どこかで感じ取っていたのではないかと。だから、彼女はカリスマになれた。

そう、最初はこの本はいわゆるタレント本、暴露本として衝撃を与えましたが、そのうち、その域を越えて評価されるようになりました。当時はまだまだ、女性の権利や立場が軽く扱われていた時代。あの時代に、ここまで女性の本音というものを、強い言葉で、正確に伝えた本が他にあったか。この現代でも、ここまで書かれた本はなかなか見当たらない。

この本は、自分の女性観を変えましたね。
それだけでなく、もしかしたら、日本人の女性観が変わっていく、大きな流れのひとつのきっかけになったかもしれない。そのくらい、この本が世の中に与えた影響は、大きかったのです。

泣きのアーティスト。

須賀健太の芝居は、ヤバイ。ヤバすぎる。
ワタシは、彼を「泣きのアーティスト」と呼ぶ。

 ◇ ◇ ◇ ◇ ◇

須賀健太。普段の演技は、やや無表情で、どちらかといえばクールな、ちょっと生意気な感じのよくある子役演技である。

それが。ひとたび、泣きの芝居に入るやいなや、今までの表情はなんだったんだ、というくらいに表情を崩す。

顔面崩壊かよ!!と叫びたくなるくらいの、お前、表情筋ぶっ壊れてるだろ?と疑いたくなるくらいの勢いでぐしゃぐしゃに表情を崩して、決壊したダムのような勢いで洪水のごとく涙を流す。その、この世のものとは到底思えない凄まじい勢いの”泣き”に、見てるほうは心臓ぐらぐらつかまれて、思わず泣かされてしまうのである。

まさにアーティスト、と呼ぶにふさわしい、至高の芸だ。

「ああ!…泣くか、泣くか?!うわあ!な、泣きそうだ!泣くのか?ここで泣くというのかっ?!うわあ泣いたぁー!!」
…と、彼の芝居を見るときはまるで、ホラー映画の怪物登場シーンを見てるときの
「出るか、出るか?!ここで出るというのかっ?!で、出そうだ、わー!出たー!!」
とゆーのと同じような感情にゆさぶられて、へろへろになってしまうのである。

…これがさあ、これもまたホラー映画といっしょで、全然予想もしてないタイミングでいきなり来たりすんだよね(苦笑)。こんなタイミングで来るなよ!心の準備できてねえじゃねえか!みたいなね。

 
まったく、この役者は一見オーソドックスなスタイルの役者に見せかけて、案外クセモノなんだなあ、とか、思ったりします。
 

今どきの子供。

「最近の子供ってさ。サンタクロースなんて、信じているのかな?」
「信じてるんじゃねえの?」
「え、そうなの?」
「うん、親の前ではね
「ああ(笑)、そーゆーことね」
「大げさにさ、”うわあ!本当に、サンタさん来てくれたんだぁ!!”ってさ」
「はは」
「で、そこで誰かが横から”サンタクロースなんて、本当は存在しないんだぞ”とか、言おうもんなら」
「どうなるんだ?」
「そいつをキッ!とにらんで、小声で、
”空気読めよ!!”
って」
 

「八王子」には一度だけ行ったことがあります。レコーディングで。(本当)

「知ってるか?八王子には、八人の王子が住んでいるんだぞ」
「ほう。どんな連中だ?」
「紅茶王子、ハンカチ王子、
若王子…」
「無理すんなって。どうせ、八人も出しきれないんだろ?」
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